今年も春の選抜の季節になりました。春にしろ夏の高校野球にしろ「一試合は初めから最後まで見る」と決め込むのですが毎年なかなかできませんでした。そんな中、今日は見ることが出来ました。始球式は、小学校のとても可愛らしいこが女の子がピッチャー、男の子がキャッチャーで女の子はソフトトボールの投げ方で見事に始球式を勤め上げました。二人ともあの大観衆のなかお見事でした。それ以上に、審判、選手、球場の皆さんに頭を下げる挨拶に、世間に毒された中年親父も本当に心洗われたおもいです。
女の子の可愛らしい笑顔、男の子の照れた表情・・。
「将来この二人が結婚してくれたらメルヘンなんだけどなぁ・・・」
と思ったのは決しって私だけだはないはずです・・・。
そんなふたりの映像です。 ← クリック
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知人に「男はつらいよ」でお馴染みの「フーテンの寅さん」を地で行く豪快なおじさんがいます。常々私にこう言います。「いいか、世間なんて気にしちゃいけないぞ。世間の評判なんて気にするな。誰が人様に迷惑かけというのだ。」おじさんは、家族もありながら寅さんのように出かけたりしているので、人様からよくは言われてないないみたいです。世間からのよくないうわさも自身の耳に入ってくるみたいですが、そんなことはどこ吹く風って感じです。「俺が何しようが勝手だろう。何も迷惑かけてないだろう。だったら何いわれたってへっちゃらだよ・そんなあれこれ言うやつは馬鹿だっていつも思っているよ。」
私もおじさんのような考えがあれば「うつ。」なってならなかったってよく思い、羨ましくなるものです。
私はこう言います。「みんなおじさんの生き方が羨ましいんだよ。」それを聞いておじさんはいつも笑っています。そんなおじさんがぽろっと私にこぼしました。「俺が〇〇ちゃん(私の名)の味方と世間は知っているから直接俺に言わないが、「療養中に○○ちゃんの奥さんはかわいそうだよ・。」って言ってるのがいたよ・・。おじさんも悪気があったわけでなく、ついいらない話をしてしまったのだと思います。
「あーー世間てそういうものだったよな」と思い出したというか、嫌な記憶のようなものが蘇りました。
私は、いつもこのブログで「世間は気にするな!」と訴えてきましたが、私がそれをできていなければどうしようもございません。今は、社会復帰して何気なく世間(近所・知人)と関わってはいますが、はたして療養中に何を言われていたのだろうか?どうみられていたのだろうか?でもそれは、どこまで行っても私の想像であって、被害妄想でしかない。良くない噂があったのは事実なのだけれど・・。
妻も子供もいろいろとつらい思いをしたのだろうと思います。妻は、「世間の噂話。」を私に一度もしたことはありません。今回の一件で、私もこのことを妻に聞こうかと思いましたが止めました。妻の気持ちをくみました。そしてこう考え想います。
そんなくだらない考え事をしている暇があれば、どうやって家族に恩返しをしていこうかと考えている方が何億倍と価値がある事だ!!
一人の女性を紹介したいとおもいます。
それは、私が数回目の職場復帰をする朝の出来事です。私は、数年ぶりの職場を前にただただ不安だらけでした。意を決し建物に入ると一人の女性が「おはようございます。」その後何かを言ってくれました、確かお久しぶりみたいなことを・・。そして彼女はこう言ったのです。「またこれからもよろしくお願いします。」と同時にそれはそれは深々と頭を下げました。
「えっつ?なに言ってるのこの人、おかしいんじゃないの?」
って思ったんです。だって誰がどう考えたって立場は逆でしょ。
どうしてそんなこと言うの?どうして今まで社会からドロップアウトしてて、やっと社会に顔出せれた高々一日目の人間にそんなことを言うの?世の中にそんな人がいた・・。
とその場はただただ驚嘆しました。
そして私は、嬉しさと・不安と・驚きを胸に職場の部屋のドアを開けました。
彼女は、私より4,5歳年下の既婚のバイトの方です。実は、彼女とは少なからず縁があります。私が発病し休職したさいに私の仕事の穴を埋めてくれたのが彼女でした。仕事ができた彼女はいまでもバイトとしていて続けてくれてます。
たまに休憩所で出会うと今も気さくに声をかけてくれます。
彼女には「品」みたいなものを感じます。決死ってお高くとまってるわけでなく、どちらかといえば庶民派だけれど・・イメージでいうと女優の『松下奈緒 』さんみたいですかね・・。どことなく似てますね、容姿も・。
人は、他人の悲しみをどれだけわかろうかとすることで、どれだけわかちあえるかでその人の幸せの訪れが違ってくると思います。
人の悲しみがわからぬ人間など幸せになれるわけがないと思います。
私は、死ぬまでに彼女のような人になれるのだろうか? まったく自信がない・・。
しかし、日々努力はしていきます。
私は、彼女のような「人」でありたいから・・。
療養中、外へ出かける道すがら、近所のおばちゃんに出会うことことがよくありました。おばちゃんはいつも「おはよう、今日は暑いね。」とか「今日は寒いよね。」とかたわいもないこどですが、いつも私に声をかけてくれました。
いつも満面の笑みで声をかけてくれました。
おばちゃんは、旦那さんが病気で寝たきりなのにそんなことを微塵も感じさせない笑顔でいつも声をかけてくれました。長さにして5秒もない会話なのに・・。それでもどれだけありがたかったことか。周りからの疎外感だらけの日々だったから本当にあの笑顔に助けられました。
へんな覚悟なんですけど、いつかおばちゃんが亡くなったらお通夜か葬式には必ず出たいと思っています。その時かならずあの笑顔のお礼を言いたいと思います。