うつ  一歩進んで二歩さがる。それでも進んでる!

「時に息(生き)抜きを・・・。」

 何がどうしたってやるせない日ってありますよね。ましてや療養中の日々の中で、いつ襲ってくるかわからない不安や恐怖に「ウオーー!!」って叫びたくなる日も少なからずあると思います。そんな時に、

このバンド「筋肉少女帯」の曲を贈りたいと想います。


 彼らの曲に理屈など存在しません。曲目は「元祖高木ブー伝説」「日本印度化計画」「踊るダメ人間」等々・・。曲名だけでは何がなんだかそれはそれはかわかりません。メジャーデビューが1988年ということらしいですからいきの長い?バンドだと思います。ボーカルの「大槻ケンヂ」さんなら今の若い方もご存知あるのではないでしょうか・・。私はこの方、なかなかの個性的な人で好きです。そんな中でこの一曲を紹介します。
人間って、時にはガス抜きっていうか馬鹿になる事が必要だと想います。ましてや療養中ていろいろ考えちゃいますから特に必要じゃないかと考えます。考えることも必要です、だけど何も考えず「ぼけーーー」ってすることも時に必要かと思います。

筋肉少女帯「踊るダメ人間」




そして、ここに江頭2:50さんの言葉を贈りたいと思います。

死にたくなったら俺がお笑いやってるところを見てくれ。

死ぬのが馬鹿馬鹿しくなるから。

もっとダメなやつがいるって笑い飛ばせ。

そして、ちょっとでも勇気が出たら俺のライブに来い。

きっと、お前と同じようなやつがいるから。

死ぬな!

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『出る杭は打たれる。』

『出る杭は打たれる。』

 結局世の中そんなものだとあらためて思いました。そういう意味では、怖いくらいリアルな結末でした。


 以上、半沢直樹・最終回の感想でした。
 
※なおこの感想は、私オリジナルの文章であります。

[世間の噂話に鼻くそほどの価値もなし!」

 知人に「男はつらいよ」でお馴染みの「フーテンの寅さん」を地で行く豪快なおじさんがいます。常々私にこう言います。「いいか、世間なんて気にしちゃいけないぞ。世間の評判なんて気にするな。誰が人様に迷惑かけというのだ。」おじさんは、家族もありながら寅さんのように出かけたりしているので、人様からよくは言われてないないみたいです。世間からのよくないうわさも自身の耳に入ってくるみたいですが、そんなことはどこ吹く風って感じです。「俺が何しようが勝手だろう。何も迷惑かけてないだろう。だったら何いわれたってへっちゃらだよ・そんなあれこれ言うやつは馬鹿だっていつも思っているよ。」

 私もおじさんのような考えがあれば「うつ。」なってならなかったってよく思い、羨ましくなるものです。

 私はこう言います。「みんなおじさんの生き方が羨ましいんだよ。」それを聞いておじさんはいつも笑っています。そんなおじさんがぽろっと私にこぼしました。「俺が〇〇ちゃん(私の名)の味方と世間は知っているから直接俺に言わないが、「療養中に○○ちゃんの奥さんはかわいそうだよ・。」って言ってるのがいたよ・・。おじさんも悪気があったわけでなく、ついいらない話をしてしまったのだと思います。

 「あーー世間てそういうものだったよな」と思い出したというか、嫌な記憶のようなものが蘇りました。

 私は、いつもこのブログで「世間は気にするな!」と訴えてきましたが、私がそれをできていなければどうしようもございません。今は、社会復帰して何気なく世間(近所・知人)と関わってはいますが、はたして療養中に何を言われていたのだろうか?どうみられていたのだろうか?でもそれは、どこまで行っても私の想像であって、被害妄想でしかない。良くない噂があったのは事実なのだけれど・・。

 妻も子供もいろいろとつらい思いをしたのだろうと思います。妻は、「世間の噂話。」を私に一度もしたことはありません。今回の一件で、私もこのことを妻に聞こうかと思いましたが止めました。妻の気持ちをくみました。そしてこう考え想います。

 そんなくだらない考え事をしている暇があれば、どうやって家族に恩返しをしていこうかと考えている方が何億倍と価値がある事だ!!

「未来予想図・・」

 いよいよ次回で半沢直樹は最終回です。近藤は、銀行の不正融資を正そうと銀行に書類を提出しようとしたところで止めました。不正をした張本人である銀行常務から「銀行と好きなポストへの復帰」を交換条件として・・。まぁ、次週の近藤は、土壇場で半沢と共に銀行内の不正を暴き、常務は失脚、頭取の力により近藤も無事銀行へ「復帰。」となることは誰でも容易に想像がつくところだと思います。
 近藤の判断を覆させたのは、常務の「家族のためにそのほうがいいだろう?」でした。彼は、不正を暴こうとしたための北海道への転勤をまた命じられました。北海道の土地が悪いという話ではなく、度重なる短い期間での転勤はどれだけ家族に負担を強いるのか・・。ましてや自分の「生き方。」を貫くために家族に負担を背負わせてしまった。
 私は、彼の身になって考えればその選択も「あり。」だと思います。私も療養中に家族に迷惑のかけっぱなしでしたから気持ちは十分に理解できます。それにまた、元の職場と実力が認められる場へと帰られるわけですから・・。それと引き換えに、彼としてみれば

家族のために仲間を裏切ったという自責の念を負いながら生きていく・・。それも家族のため。ということになるのでしょうか。

 少々感情移入し過ぎたドラマではありましたが、それほどおもしろい作品でした。

 私は、職場復帰したときには多くの後輩に追い越されていました。そしてもう今のポジションから動くことはないかもしれません。

ドラマの中の話とはいえ、せめて近藤にはハッピーエンドで終わってくれと願うばかりです。

X JAPAN 「Say Anything 」

  今まで生きてきた中でいろんな後悔がありますが、そんな中時々思うことは「楽器がひとつでも弾けたらなぁ・・。」です。

 理屈ではなく彼らの楽曲が好きです。ロックからバラードまで・・。ビュジュアルから受け付けない方々も多いことでしょう。音楽の好みなどひとそれぞれですから、なんら否定する気持ちはありません。彼らのあの「攻撃的」なサウンドも好きですが、心に響き渡るバラードも好きですね。

 ほとんどの詞・曲を担当するYOSHIKIさんは、数年前に、幼少の頃父の「自殺」をその目で見てしまったことを打ち明けました。

 ひとそれぞれいろんな悲しみがあるのだなと想い、そしてだからこそ彼は、あんな壮大な楽曲が作れ、そして奏でられるんだなぁ・・と感じています。

         そんな中の一曲です




 YOSHIKIさんは、久々の日本での音楽活動として、27日に放送のテレビ朝日『ミュージックステーション3時間SP』に約16年ぶりに生出演するそうです。

「カウセリング」は絶対必要です。! 再投稿

 ブログ立ち上げ2つ目の投稿です。皆様に訴えたいので掟破りの再投稿をしました。


あなたのタイミングで必ずカウセリングは受けてください。なぜ必要かと言うと、

 「第三者が、あなたのストレスに対面した時の間違ったものの捉え方(思い方・考え方)を正しい考え方に導いてくれ、それを習慣づけるようにしてくれるからです。」
 
いつかまたじっくりとお話したいと思いますが、ざっくりとはっきり言うと、


 「どう考え方を変えるのか!ストレスを柔軟に回避できる考え方をどうどっしりと腹の底に身につけるのか!」


 です。これができていないうち(確立できていないうち)は、社会復帰を止めたほうがいいというかやめるべきであり、絶対に復帰するタイミングではありません。私は、はじめカウセリングを受けていませんでした。あまり関心がなかったのだと思います。結果みごとに失敗(再発)しました。

        「心の病みの根本がなんだ変わっていなかった。」


のです。ものの捉え方がなんにも変わっていなかったからです。


 カウセリングと言ってもカウンセラーを名乗る人たちの資格は本当に様々です。医師資格を持つ精神科医から、えっ?って何?まで・・・。お金も結構な金額だし・・。ひとつの方法として、一度近くの自治体(区・市町村役場)社会福祉協議会等々をたずねたり、嫌なら電話でもいいから聞いてみるといいと思います。無料でカウセリングを受けられる機関もあります。

 カウセリングは、最初のうちは心身ともに疲れると思います。最初のうちは我慢してください。帰ったら寝ればいいんです。それと限られた時間なので、

・ 何を相談したいかを箇条書きでもいいから必ずメモして行くこと。

です。せっかくの時間に「愚痴」だけを言いに行ったのではなんの進歩もありません。そしてカウンセラーはあなたの「お友達」ではありません。気が合わないからって、コロコロ変えないでください。なぜならカウセラーは、あなたの心の持ち方がどう変化していくかを見てくれて、それにもとづいてあなたにいろいろとアドバイスをくれます。

 でも、どんなカウンセラーに出会えるのかは無責任な言い方ですが「運」だと思います。私は、本当に良いいカウンセラーに出会えたことに感謝しています。ただどうしても相性があわなくて、苦痛を感じることが多多あるようでしたら変えるのもてかもしれません。

私のカウセラーは、私の顔色を見てくれていました。「○○さんいい顔になってきましね。」「今日は笑顔がいいですね。」等々語りかけてくれました。
 
いずれにせよ

      「あなたの考え方を変える。」のが一番の目的なのです。



あなたが良きカウンセラーに出会えますように・・・・。
 

「うつ友って必要でしょうか・・・」 再投稿

 私がブログを立ち上げた最初の投稿記事です。掟破りの感が否めませんがお許しください。 
 
私は、休職中にひょんなことから学生時代の友人が同じうつで休職中だということを知りました。若い時に、年に数回他の友人を交え呑んで交流をしていましたが、ここ数十年は年賀状を交換するだけの付き合いでした。そんな時、同じうつ病の話し相手を初めてもった私は「自分のことをわかってもらえる」と喜びメールを送るようになりました。彼は、遠方にいたためメールのやり取りだけで電話で話すことは一度もありませんでした。私が一方的にメールを送るだけで、彼はそれについて返事を返すだけでした。そんなやりとりがしばらく続きましたが、日がたつにつれ段々と彼のメールの内容が変わり始めました。そう「豪」になってきたのです。彼は、復職の目標が明らかになってきたのでしょう。そして初め職場復帰する人のひとつの典型的パターンである「よし!俺はもう大丈夫。治ったんだぞ!怖いものはない!」状態になっていたのだと思います。これは私の想像で、直接彼に聞いたのではありませんから信実はわかりませんが・・。やがて彼からのメールは「なぜ○○しない、治すきはあるのか?」というような今で言う上から目線の内容になっていき、私は彼にメールをするのを止めました。もともと彼からメールが来ることは無かったのでそこで彼との交友は「ジ・エンド」でした。今、彼がどうしているかは知りません。彼も、私が今、どういう状態であるのかを知ろうとしていない「事実」がここにあります。
うつの発症の原因は人様々です。そして社会復帰を目指す過程も本当に人様々です。数ヶ月から数年と・・・・。その努力する内容も本当に様々です。「うつ友」があなたとおなじ心の状態の時はいいのですが、そんなことは永遠に続きせん。(同じと思っている時もそれはたぶんあなたの思い過ごしだと思います。)どちらかが社会復帰のめどが立ったとき、同じように目どがたっていればいいのですが、そうはうまくいきません。復帰のめどがたった者は、とにかく社会に適応することに最大限努力し、それを邪魔する「ストレス」は最小限に止めようと努力します。当たり前のことです。その時にまだうつ友から「死にたいよ~、怖いよ~、嫌だよ~」と問いかけられたらあなたはどうしますか?どう感じますか?
うつ友を持つなとは言いません。でも信頼を度数で表すとしたら腹5分目、いや腹3分目位に止めるべきです。例えば、病院であった時のみ話す程度とかに止めるべきです。なにも人間関係を気薄にしろとは言っているわけではありません。私たちの心は今、特別な状態なのです。動作も無く病気にかかる前にはできた新たに人間関係を築きる行いを、今は止めたほうが無難です。あなたが傷つく前に、またあなたが人を傷つける前に・・と私は思います。
ベストセラー渡辺和子著「おかれた場所で咲きなさい」幻冬舎 の中で著者は、「100%人を信頼しちゃだめ。あとの2%は相手が間違った時の許しに取っておきなさい」と述べております。一理あるなと思いますが何か寂しい気がします。ここで矛盾していますが私はある方からこう教わりました。「人との付き合いはどんな人であろうと分かり合えるわけがない。だから腹8文目で付き合っていきなさい。」と。
なるほどと今は思うのです。病気したからわかる気がするのです。あの悲しみ、苦しみ、あの恐怖の体験は自分でしか決死ってわからないのだから・・。

[はじめの一歩!」

 外に一歩出てみましょう。昼間が嫌なら夜だっていいです。まずは近所を一週、まずは近所の公園までとか・・。慣れたら朝出かけてみましょう。近所の人や顔見知りに会ったら勇気をだして「お早うございます。」って言ってみましょう。笑顔でね。今までの自分を捨てる気持ちと前までの自分を取り戻す想いで。言葉にできないなら軽く頭を下げるだけで十分です。それで十分OKなのです。たとえ相手が何も返してくれなくても、嫌な顔をしたとしても、あなたが望んだ反応をしてくれなくても、いいのです!そこで、へこまない、悲しまない、へこたれない!まずは、まずは、最初の一歩です。

「まずはあなたがかわる勇気を持つこと。そして一歩を踏み出すこと。今までの自分と決別しようと努力を始めること」  です。

 
  少々乱暴な表現になりますが、自分が思うほど世間の方々はあなたなんか見ちゃいませんよ。(感心がないし、気になんかしちゃいません。)皆な自分のことで精一杯、例えどこかで出会って「あっ、この人うつ病の人だわ。」って思ったとしてもその場限りだと思います。その後一日中「あの人はうつの人。」と思い続けてくれる人(ある意味でありがたい人?)なんて絶対にいません。世間なんてまずは気にしない。今までの自分を取り戻すことが先なんです。

 まずは、一歩、最初の一歩です。一歩踏み出さなければ道は開けません!

 そしてこんな言葉を送ります。

                 「幸福は自己満足 不幸は被害妄想」                  

                                      by  江頭2:50

SEKAINO OWARI 『スターライトパレード』

 独特の世界観(詩)をもつバンドです。よかったら一度聞いてみてください。


            SEKAINO OWARI 『スターライトパレード』




「私のかわろうとしたきっかけ・・」

 私たちの病気(精神疾患等)の療養期間はおおむね3~6ヶ月だそうです。切った、腫れたの病気と違って、「心の病はそう簡単に割り切れた数値で表せられるものではない。」と私はうつ体験者として主張したいと思います。体験者だからこそ確信をもって言えます。
ただ、ここで一呼吸おいて少し考えてみたいと思います。この「3~6ヶ月」という数字はでたらめにでた数字ではないはずです。医学的見地から統計をとった数字だと考えます。だとすれば、おおむね療養を6ヶ月過ぎた者の多くは社会復帰していると予想されます。そして、周りの人々(職場・学校・世間等々・・)もそう理解しているのかもしれません。(まぁ。精神疾患の病に少しでも関心・知識があればですが・・。)
 私は「このままじゃいけない・変わらなければ!」「でも変われない」という葛藤が日々長きにわたり続き、そんな変われない自分にいつも嫌気をさしていました。そして、それと平行して「いや、私は病気なのだ。今は休んでいていいのだ。」と無理やり自分を納得させていた時期もありました。
 そんな日々が続くある日ふと気づきました。

「今日、先生に話すことがない。」と。

 診察の日、主治医に何を話せばいいかと考える日が増えてきました。毎日、毎日が同じことの繰り返しなのだから話しようがありません。それこそ、「朝起きてご飯食べて、昼ご飯食べて、夜ご飯食べて、合間にテレビ見てパソコンかまって夜寝ました。」いつもだらだらと日々すごしているだけ・・。それじゃ話すことがない。何も変えていないから。
 初めの頃の診察は、それは、それは思いのたけを話しました。初めの頃は2週間に一度の診察で、少しずつ薬の量を増やし、時に私の副作用のため薬を変えたりしました。慎重に。診察の期間も段々と長くなり、そして月日が流れやがて投薬の量が上限へと達します。当然それ以上は増やせません。そしてまた月日が流れ・・。私は一度だけ先生にこう聞いたことがあります。「薬を変えたらどうなりますか?」と。主治医は「薬を変えてもねぇ・・。」と後は語りませんでした。長年の先生とのお付き合いでしたので何が言いたいかはわかりました。私もそれ以上は聞きませんでした。とういかそのころからうすうす気がついていました。

「薬だけではこの病気は治らないと・・」

 これが私の「変わらなければ!」と考え始めたきっかけのひとつです。この「3~6ヶ月」という数字にとらわれる必要はまったくありません。療養期間はひとそれぞれです。ただ、なにか迷った時の判断の基準としてはと私は考えます。どこか頭の片隅に置いておいていただければと思います。

「ダイエットはその人の人生・生き方そのもの・・。」

今、私が真剣になって見る番組が2つあります。ひとつは「半沢直樹」、もうひとつが「今でしょ!」でお馴染みの林先生の番組です。林先生があるテーマに沿って、そのテーマに関係する人を前に講義する番組です。その日は、「ダイエット」についてで、自信の体験を踏まえて持論を展開していました。冒頭に、「ダイエットは、その人の人生・生き方そのもの。」(こんなニュアンスだったと思います・・。)と言い、「大げさなこと言うなぁ。」と私は感じました。林先生はこう言いました。「自分はストレス太りという人がいます。ストレスのせいと言いますが、ではそんなあなたに聞きます。誰かがあなたの口をこじ開け食べ物を口の中に入れあなたを太らせましたか?違うでしょ、あなたの意思で食べたのでしょ!!」と。 「おっしゃるとおりです。」と納得した自分がいました。(誤解のないように申し添えますが、けしって摂食障害の方を、非難・否定するものではありません。)

 人間の三大欲求「睡眠欲」「性欲」そして「食欲」。ダイエットは、その食欲との戦いですよね。毎年、毎年、ダイエット本がベストセラーになるのはどうしてなのでしょうか?その本が自分に合っていなかったのか(痩せなかった)、途中で挫折したか・・。答えは明白です。

自分で「痩せる。」という確固たる意思を持ち、それを持ち続けること。 先生がダイエットはその人の「人生の生き方そのもの。」と言ったことがうなずけました。

人のせい・家族のせい・会社のせい・学校のせい・病気のせい・薬が効かないせい・・・ いくら何かのせいにして自分を正当化したところで何も変わりません。現状維持のままなんです。結局、何をどうしたって自分で変えていくしかないんです。自分の意思で現状を「打破」していくしかないんです。

「今の自分は、昨日までの自分がつくったもの。明日の自分は今日の自分の想像・行動がつくるものなのです。今日は、自分は不幸だと感じたら、それは昨日までの想念・行動の結果です。明日も不幸だと感じたら、今の自分の責任なのです。」

「震災・・・」

 ドラマで3.11の震災を扱っていました。みなさんは「震災」と聞いて何を初めに思い出しますか?私は、1995年の神戸のあの震災です。なぜといえば恐ろしい災害だという記憶、そしてボランティアとして現地でその悲惨さを目に当たりにしたからだと思います。ではなぜ身近な記憶であるあの「3.11の震災」を初めに思い出さないのか?

 当時、療養中の私はあの日「3.11」から四六時中テレビを見ていました。見続けていました。何回も、何回もあの悲惨なニュースを、映像を見続けました。でもどうしてもだめでした。だめだったのです。

                 「人ごと・・・。」

 だったのです。悲しい出来事・悲惨な出来事・不条理な出来事・・いろいろな感情がありました。でもどこかで「他人事」だった・・。人のことより自分のこと、自分が大事だった。ひとのことを思いやる心がまったくなかった。病気だからといえばそれまでだけれど・・。

             「あの時たしかに私の心は病んでいた。」 

あの頃の自分が本当に嫌だ。

あの震災は、私にとっても本当に悲しい出来事であり悲しい思い出です。