先日の土曜日、TBS系列「情報7daysニュースキャスター」でうつ病を取り上げていました。うつ病を治す3本柱として、
①考え方を強くすること。
②薬。
③療養(確かこれだったかと・・。)
①について、取組み(カウンセリング)をしている施設を紹介していました。皆でこんな場面ではどう対処するか?という事に取り組んでいる模様が紹介されており、お題はこうです。
「職場であなたは上司から残業を言い渡されました。でも終電がもう少しで出てしまいます。家に帰れなくなってしまいます。さて、あなたはどうしますか?」そこで、まずは感情丸出しで断るパターンです。
「ふざけんなよ!帰れなくなっちゃうだろ!てぇめーでやれよ。」と上司役にぶつけてみます。私はこんなことして何になるの?と思いました。しかし、その発言を通し「言っている時の感情、そして言った後のあなた感情はどうでしたか?」を検討するというものです。
そして、正解が何かはわかりませんがこう答えている方がいました。
「今私は精一杯の状態で仕事をしております。今、この仕事を受ける事によって私が体調を崩す可能性があります。そうしますと他の方に迷惑をかけてしまう事になってしまうかもしれません。それは本位ではございません。申し訳ございませんが他の方にその仕事は割り振っていただけないでしょうか?」
時に私たちは、身を守るため(この病気)に「断るものは断る。できないものはできない。」と主張が本当に大切になると思います。別に断る場合だけでもなく、ある程度心を強いものにした「主張」は必要なのかもしれません。強い心とは何か?と思う部分はありますが、変わる事は絶対に必要なのです。
私は、「こんなカウンセリングが当初から受けていればもっとかわれていたのに。」と残念な思いをしました。感心のある方は、この施設についてTBSに問い合わせてみてはいかがでしょうか・・?
そして、最後にうつ病に対してどう取り組んでいけばいいのか?とキャスターが語り合っている中で北野武さんがこんな感じのことを言いました。
『生きていられる事が一番だと思うのが一番いいんじゃないかなぁ・・。』
と・・。
さすがは世界の北野武、一流は言う事が違います。いくらビックになっても下ネタは言うし、着ぐるみは着て相変わらず若手芸人みたいなことはするし、それでいてコメントの「キレ」はいつも感心させられます。あれだけビックになっても決死って威張らないところが好きです。居酒屋で若手をみつけるとさりげなく勘定は支払っていく。後日、若手がお礼を言いに行くと「いつかおいらが売れなくなったら、あんちゃんおいらを使ってくれよな。」と笑って言うそうです。タケちゃんは格好いいよな・・。
明石家さんまさんもこう言っています。
『生きているだけで丸儲け』
私の大好きな言葉です。
北野さんの言葉やさんまさんのこの言葉のように最後に
『生きていられるのだからそれでOKじゃん。』
と想えればそれは世の中幸せに生きていけるでしょう。絶対的にあなたの心の中にはびこる「悩み。」の幅は断然せばまり、幸せのネタは絶対的に増えます。
「生きていられる事だけでそれは尊い幸せ。」
そう想えれば幸せは無限大ですよね・・。
言葉にすれば簡単で、いつもどしんと心にそう想えない(欲張りだから)から、私は今日も反省です。
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先日の日曜日、いわゆる千葉県にあるあのテーマパークに家族で出かけて来ました。関東地区が大雪にみまわれた翌日でしたから園内の敷地は雪で真っ白です。かろうじて歩く場所が幅5m位雪かきをしてあり、そこを皆さんが行き違っていました。従業員の皆さん(ここではキャストと呼ぶそうですね。)が一生懸命雪かきをしているのです。女性キャストも男性キャストに交じりあの可愛らしい制服で雪かきをされていました。パレードが行われる道路こそ、パッカー車(ゴミを収集する車)に雪を積み込んでいましたが、他の場所はあの園内でゴミを集める二輪の縦長の運搬車で運んでいるのです。私は、「せめて軽トラックの荷台に使い雪を積んで雪を投棄すればいいのに・・。」と思い、その前に「なぜブルドーザー(工事現場で使用される土砂を運んだりならしたりする車両)を使って一気に除雪しないのだろうか?敷地がその作業によって傷んでしまうので行わないのか?」と考えました。私なりにだいだい想像はしていたのですが、この問いを妻にしたところ『ここでそれはだめでしょ。』とやはり思っていた答えが返ってきました。メルヘン・おとぎの国では、ブルドーザーや軽トラックは許されないといことなのでしょう。パレードが行われる通路は、明日のパレードのためにやも負えずパッカー車が使われたのでしょう。(当日パレードは中止でした・・。)でも、ほとんどがあの敷地内を人力によって雪かきをしたのです。明らかに能率が悪い話です。一気に重機車両を使用して雪かきをするのか?(お客様の足場を最優先に確保するのか)、おとぎの国のためそれにそぐわない光景はせずにそれを行うのか?どっちが正解なのかは、その場にいる私も分かりませんでした。ただ、たいしたもので夕方頃にはほとんどの場所の「雪かき」が終わっていました。それはただただ感心しました。
私は、キャストの人達の雪かきの姿(特に女性の方々)を見て『手伝ってあげようかな・・』と何度か想いました。あの可愛らしい格好であの「雪かき」はいくら仕事とはいえ見ていて大変だろうとなんども感じていました。(当然、下心があるわけでもなく偽善者振るつもりもありませんが・・。)そして間違いなくキャストの皆様は、翌日筋肉痛だろうな・・と思いました。あれを一日やればそうとうな重労働ですから・・。
話はかわります。
私は、ここへは6,7回出かけたでしょうか・・。そしていつも本当に感心させられるのは、あのキャストの皆さんの笑顔の対応です。(この年になると見ていてこちらが恥ずかしくなる場面もあるのですが・・。)好きでなられた方々が多いとは思うのですが、あの人数の人達が皆徹底したマナーができている事には一企業としても感心させられます。仕事とはいえという部分を差し引いてもあの「笑顔。」は私には真似できません。
あるアトラクションに入りそれが終わって車両?から降り、キャストのお姉さんが何か言ってはいたのですが良く聞き取れませんでした。一連の動作の中での言葉なのでしょうが私は「あれ?」と思いました。疲れていたのでしょうか、機嫌が良くなかったのでしょうか。そこには笑顔はありませんでした。人間よくしたもので(私がなんでしょうが・・。)いつもそれは良い対応をされているとそれが「当たり前。」と思ってしまいます。だからそのキャストさんにちょっぴりがっかりしてしいました。その場はそれですぐその事は忘れていました。
夜、寝る時にその事を思い出しました。キャストさんも人間ですし笑顔じゃない時があってもそれは当たり前の話しです。当然でした。そしてあの相田みつをさんのあの詩を思い出しました。
『だって人間だもの・・。』
そして改めて人としての自分の器の小ささを反省しました。
数年前、病院での入院中に知人になった男性に診察の待合室で偶然出会いました。同じ頃に退院し同じ頃に職場復帰していたのでその後のことを尋ねてみました。ただ彼は、はたから見ても明らかに疲れ果てて見えました。彼は職場復帰後、いきなりフルタイムで働いていると言うのです。私は、
「それは無茶だ!」
と心で叫びました。
職場復帰は、慎重にそれは慎重に復帰しなければなりません。リハビリ期間絶対的に必要です。それは、数か月単位で様子をみながら徐々に勤務時間を延ばしていきます。当然にして残業などもっての外となります。リハビリ出勤は長ければ長いほど良いとういうものではないでしょうが、許されるのならそれは長いほうが良いかと思います。リハビリ出勤については、主治医からもこのような発言が絶対にしてあるはずです。 しかし、職場にリハビリ出勤を申し込んでも却下され、伝家の宝刀
「嫌なら辞めてくれて。」
と言われればどうしょうもないでしょう。ただでさえ病気をして負い目を感じているからそれは受け入れるしかないと思います。こんなご時世です、再就職などままならないことですし・・。
ただこれは明らかに大きな
『リスク』
を背負います。職場復帰は、体力的にはもちろんのこと精神的に大きな負担(ストレス)を感じます。だからそれを徐々に少なくしていくためにリハビリ出勤をして体を慣らしていくのです。いきなりフルタイムで働くということ・ましてや残業をするということはかなり危険です。昔ならそれは普通にこなしていたことなのでしょうが今は状況が違います。職場復帰とは、
『骨折した足にギブスをして働く様なもの』
だと思います。本当に骨折した人であればそれはできるでしょう。(過去に私の職場にもこういう方はいました。)ただ、私たちの骨折した場所は心です。その骨折した心にギブスをした状態で職場復帰をして働くわけです。社会に慣れながら(適応しながら)徐々にギブスを取っていくと様なものだと思います。だから初めのうちは時間の余裕・心の余裕みたいなものが絶対に必要なのです。だからいきなりのフルタイム勤務は無茶だと言ったのです。私の経験からです。
私は、恵まれた環境でしたからリハビリという時間をいただけました。本当にありがたいことと感じています。本当のことを言えば主治医からの診断書の「リハビリ出勤の要請」を無視して、その結果万が一あなたが再発してそのことについてあなたが職場を訴えれば多分あなたの勝訴でしょう・・。職場は、法で守られているあなたの権利を無視したのですから・・。でも現実的にそんな体力も気力も起きないでしょうし、そもそもそんなことができる人間ならうつなんかにならないと思いますから・・。
職場復帰する前にこのことについては十分過ぎるほど詰めておく必要があると思います。主治医やカウセラーや力を貸してくれる方々とよく協議しておいてください。最低でも本当に最低でも残業はしないを勝ち取ってください。
やはりいきなりフルタイム出勤を強いられる職場に復帰することはかなりのリスクを生じますのでよく考えられたほうが良いかと思います。別の職場も視野に入れて・・。こんなことは恵まれた環境の私だから言えることであって、言っている私は申し訳なく想います。
そしてこの文章を読んでくださった方にお願いがあります。「精神疾患」を患った方が職場復帰されたのならどうか暖かい目で見守ってください。気を使う必要などありません。普通でいいのです。以前のように普通どおりに接してやってください。それで十分に伝わります。どうかお願いします。
私が今生きているのは、ほんの偶然かもしれません。私は何度か自らひもで輪を作りその中に首を通してみました。いつ襲ってくるあの恐怖と悲しみからただただ逃れたかったから・・。でも私は今を生きています。今にして思えば、それは本当にただただ偶然の産物なのかもしれません。
『今・・・僕が死んでも世界は変わりはしない。でもね・・・生きていく事で未来はきっと変わっていく。』
Acid Black Cherryの「20+∞Century Boys」という歌の歌詞の一説です。
時々な何気なく思い出します。別に何を深く考えることもなくただただなんとなくです。
今話題になっている「細胞」の発見をされたかっぽう着姿のあの研究家の方がこう言っていました。
「明日この研究をやめよう。明日この研究をやめようと思っていたら4,5年過ぎていました・・。」と。
取りあえず明日まで生きてみましょうよ・・。ただなんとなくでもいいから・・。明日、美味しいもの食べるから取りあえず明日も生きてみようでいいじゃないですか・。それは、尊い明日の楽しみができたのだから・・。そんなもの理由なんてなんだっていいじゃないですか・・。くだらない事でいいのです。それで十分です。明日もまた生きてみよう・・。そして明日もって・・。
そんな時(療養中)が人生の中にあったっていいじゃないですか・・。
『生きていく事で未来はきっと変わっていく。』
言葉にすれば綺麗ごとかもしれませんね・・。私もそう思ったりもします。でも、それでも生きていかなければ未来は変わっていきません。やっぱり、
『生きていく事で未来はきっと変わっていく。』
私もそう想います。